昨日は朝から夜まで
いろいろと役割が変わる目まぐるしい1日でした。
午前中でいったん仕事を終え、
12時からは娘の学習発表会へ。
15時には再び仕事の研修会へと戻り、
夜の19時からは前の同僚との食事会。
客観的なスケジュールだけを見れば、
「息切れしそうなほど忙しい日」だったかもしれません。
でも、
すべての予定を終えた時に残っていたのは
疲労感ではなく、驚くほど軽やかで心地よい「充実感」でした。
移動も多くタイトだった1日を、
どうして「楽しかったな」と振り返ることができたのか?
帰宅して振り返った時に、
ひとつの答えに思い至りました。
それは、ボクがそれぞれの時間に、
ある「スタンス」を持って臨んでいたからではないか。
それは「誰かを応援する」こと、
そして「誰かとの時間を心から楽しむ」ということです。

「受け身」ではなく「能動的」に関わる
もしこれらの予定を
「こなさなければならないタスク」として受け身で捉えていたら、
結果は違っていたはずです。
たとえば、
娘の発表会を「親としての義務」として見ていたら、
時間を気にしてハラハラしていたかもしれません。
あの時、ただ純粋に「娘の頑張りを応援しよう、この瞬間を一緒に楽しもう」と
思って客観席に座っていました。
午後の研修会も、単なるお勉強の時間ではなく
「ここで得る学びが、巡り巡って誰かの力になるかもしれない」という
未来の応援につながっていました。
どの時間も、私の心の中心にあったのは「自分の都合」ではなく、
「目の前の人とのつながり」だった。
だから疲労感ではなく、達成感が得られたのではないかと考えました。
与えることで、満たされるもの
「誰かを応援する」のも「誰かとの時間を楽しむ」のも、
どちらも自分から外側へと向かう、
能動的なエネルギーです。
不思議なもので、
エネルギーは「使わされる」と消耗して疲弊しますが、
自分から「大切な人のために使おう」とすると、
なぜか自分の内側が満たされ、元気が湧いてきます。
父親として、ビジネスパーソンとして、そして友人として。
1日の中でクルクルと役割を変えながらも、
それぞれの場所で大切な人たちと心が通い合う
そんな幸せを感じられたこと。
それこそが、
最高の充実感をもたらしてくれた正体だったと感じています。
おわりに
私たちの日常は、時に目が回りそうなほどの忙しさで溢れています。
けれど、それを「忙殺される1日」にするか、
「豊かで愛おしい1日」にするかは、
スケジュール帳の余白ではなく、
私たちの「心のスタンス」なのかもしれません。
「今日は、誰を応援しようか」
「この時間を、どうやって一緒に楽しもうか」
そんな小さな意識のスイッチが、
明日からの日常に心地よい心の余白を
広げてくれるような気がしています。
わたしたちの週末が素敵な時間となりますように。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。